歴史の学び方と使い方

歴史は真実や事実ではない

多くの現代人が錯覚していることはたくさんあります。言い方を変えると、その時代で力(たとえばお金や権力、軍事力など)を持つ支配者たちに洗脳されてきたという表現もできるかと思います。

よく「歴史の教訓」という言葉を聞きます。これは過去の事実から学べということですが、何を学び、どう生かすのか、学校では教えてくれませんでした。というより、一般人を操るために、学校教育を使って常に本当のことから目を逸らせるよう指導してきたということでしょう。

ひとつひとつ過去をたどっていくと、多くの矛盾を見過ごしてきたことに気づきます。たとえば「水戸黄門」という時代劇ドラマがありました。実に長期間、お茶の間の一般人に親しまれてきました。悪を懲らしめる黄門様。「この印籠が目に入らぬか!」と大声を張り上げる助さん、格さんの前に、一同ひれ伏しますが、悪者は最後のあがきを見せて、結局討ち取られます。あえなく斬首、切腹。お上に逆らうものは死あるのみ。

面白いのは、ドラマの視聴者は、完全に「黄門様目線」であって、「自分は悪人ではない」と思い込んでいることです。これほど人間の心理や性質を熟知した洗脳技術はありません。どんな時も視聴者が悪人目線にはならないように巧妙にシナリオが作られています。

ところが、いざ現実社会に目を移すと、権力者に逆らえない一般人の負け犬根性が首をもたげています。お上に逆らえないという意識を深層に埋め込まれているからだろうと思います。

ここで注意したいのは、そもそも歴史というのは、時の権力者が残した物語であって、決して事実や真実ではないということです。そのことは、おそらくみなさんが頭では分かっていると思います。ところが、いざ現実世界で生活していると、すっかり学校で刷り込まれた「常識」やTVから洗脳された負け犬根性に支配されてしまい、自分の人生を歩けなくなっているように見えます。

時間は不連続である

この10年ほど、量子力学という物理学の研究が信じられないスピードで発展したことによって、これまで刷り込まれてきた常識や洗脳から解き放たれる人が増え続けています。量子力学というと難しく感じるかもしれませんが、たとえばスマートフォンをはじめとする電化製品は量子力学の考え方を基盤に成立している技術です。

その考え方からすると、時間はつながっているように見えて、実は不連続であることがわかっています。これを日常生活に当てはめて考えると、昨日の自分といまの自分は、全くの別人だということになります。もっと極端に書くと、1分前の自分といまの自分も全くの別人だというのです。

この話を聞いたとき、最初はまったく理解できませんでした。昨日があるからいまの自分がいる。過去の経験の積み重ねでいまの自分ができたのだ。そう信じていましたから。ところが、その考え方がどうも違っているらしいのです。過去の一瞬、一瞬の出来事を目の前にして、そのことをどのようにとらえるかで、次の場面の自分はいかようにも変わっていく。つまり、私たちの人生には、無限の未来の選択肢があるということです。

たとえば、100万円の入った財布を落としてしまい、探したけれど見つからなかったとします。従業員の給料に充てなければいけない大事なお金。これが払えないと従業員が辞めてしまい、明日から会社が回らなくなる。と不安になって、どこかに夜逃げしてしまうかもしれません。あるいは、「100万円は、それを必要としている人のために役立った」と考えて、従業員に給料を待ってほしいとお願いするかもしれません。その結果、ある従業員は辞めてしまうかもしれません。ところが、残った従業員は、みな社長と仕事を愛していて、むしろ結束が強まり、かえって業績が上がるかもしれません。

あるいは、全く関係のなかった他人の経験や知識を取り入れて、いままで知らなかった世界に入ってみると、昨日までの自分とがらりと変わった人生になってしまうでしょう。私自身も、農業研究では数多くの実践者の経験をなぞって、「昨日とは別の人生」を何度も重ねてきましたが、いま思うと、すべての経験が無駄ではなかったと実感できます。

過去の事実や目の前の現実は、未来への参考情報

すべては気の持ちようと言ってしまうと身も蓋もありませんが、それが現実であり、真実だと思います。たとえば、化学肥料や農薬漬けの農産物しか食べられず、ほとんどの人が病気を抱える社会。学校や職場でいじめにあって鬱になる社会。しかし、そこに引きずられる必要は全くなく、私たちには自由な選択と自由な行動をする資格と能力が与えられています。大事なことは、過去やいまのしがらみに縛られないことだと思います。

人間は、群れで生きる種族なので、どうしても周囲の人間の動きや考えに影響されてしまいます。とくにいまの時代は、まるで昔のムラ社会のように、互いに首を絞めあうような生き方を強いられています。しかし、それを変えることはできるはずです。

そのひとつの提案が、「新しいコミュニティーづくり」です。つまり、自由に考え、行動できるように、同じ考えを持つ人たちによるコミュニティーをつくってしまえばいいのです。サバイバルサロン21は、もちろんそのひとつの形ではありますが、このサロンが目指すものは、現実のコミュニティーです。2021年はその第一歩となる行動を起こしていくつもりですが、ぜひ多くの方に参加していただき、またいろいろな考えを披露していただきたいと考えています。

よこうち・たけし 自然農法家・ジャーナリスト 10年以上の全国紙記者経験を経て、まちづくり、福祉、教育分野を訪ね歩き、最後のテーマとして「食と農」の道に入る。肥料と農薬を一切使わない農法で特許取得。自給できる日本、自立した日本の再興を目指して活動を始める。

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