ついに来た 赤信号 みんなで渡れば……

まだ古き良き時代と言われたころ、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というモラルの低下を嘆く表現が流行ったことがあります。しかし、そのすぐあと、それをさらに揶揄する表現が飛び出しました。

「赤信号 みんなで渡ればみんな死ぬ」

まだ子供だった私の心に深く突き刺さったことを思い出します。子供向けの本の付録としてついてきた「言葉遊び」の小冊子だったように記憶しています。その後この「標語」は、ジャーナリストとして私の座右の銘になりました。

高度経済成長の波に乗っかって、「モノ、もの、物」「カネ、かね、金」と目の色変えて追いかけまわしていたのは、私よりも少し上の世代です。そうした大人たちを、とてもうまく言い現わした表現だったと、いまでも思います。

そして、その「標語」通りの結末をいま、この国は迎えようとしています。

「物質的な豊さと金儲け」だけが戦後の日本人に与えられた人生の目標、社会の目標だったということでしょう。そこから抜け出そうとした人は少なからずいたのですが、多数決の論理で動く民主主義社会では、どんなに低俗であっても、過半数の意思、意見で全体が動いていきます。

各論に入る前に、まず総論でこの国の未来を考えるとき、1億人が幸せになるシナリオは残念ながら描けません。むしろ、急激に人口が減少し、社会が崩壊するのは火を見るより明らかです。なぜそう言えるのか。それは、このブログでおいおい書いていこうと思います。

いま私たち個人が優先させるべきは、政治家や官僚に文句を言うことではありません。いまとなっては、どの政治家をつかまえても「馬耳東風」です。これについては異論があるでしょう。「政治家がやってくれなければ、この国は何も変わらないではないか」と。これについても、なぜ政治家に文句を言ってもダメだと思うのか、これからじっくり文章にしていきます。

いま私たちに必要なのは、自分で自分を守ること、ただそれだけです。奇しくも新総理が「自助、共助、公助」の札を掲げていましたが、そこだけは共感しました。私は、新総理が親切心でそれを書いたのかもしれない、と思いました。「いまの政府も与野党も、政治家はダメだ。官僚もダメだ。国民のみなさん、自力で生き延びてください」という心の叫びだったかもしれないと、少し真面目にそう思っています。

第1回目の投稿がこのような内容になってしまって恐縮ですが、まず冷静に現状を認識することが大切だと思います。未来への道を捜し歩くのは、その後です。

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